社会 

 

共産主義にしなくても、ベーシックインカムで暮らしが保障

2014-12-20


 ベーシックインカムを誰も主張しなくなった
 民主党の政権末期、渡辺喜美や維新の会は、ベーシックインカムを公約に盛り込んでいた。それが、自民政権になってから、社会福祉の充実とともにこの理想的な社会制度の話は一切きかれなくなった。

ベーシックインカムとは何か?
 国が、国民給付金を赤ん坊から女性、子供、老人まで全ての国民に支給する社会保障制度だ。これによって、飢えたり、住宅を失って路頭に迷ったり、教育を受けられなかったり、介護を受けられなくなったりしなくなる。誰でも最低以上の生活ができる、という究極の福祉政策だ。

 これが実現したら、社会主義だと勘違いする人もいるがそれは間違い。対象が貧乏人のみ。給料を得ている人や、最低賃金以上の収入がある人に与えない。財源は、模索中だ。税で支払うので、どこからとるかなどはどうでもよい。また仕事をもっている人も、この給付を受け取る人も、本人の努力しだいで、いくらでも稼ぐことはできる。よって資本主義経済はかわりない。

 現在、このベーシックインカムはどれほど達成されているか?
 これは現在まったく実現できていない未来の福祉ではない。今でも、年金暮らしをする高齢者、生活保護を受ける貧乏人などは、国や社会保障制度から給付を受ける。それはベーシックインカムという理念によって、老人と貧乏人はすでに給付を受けている、と考えることができる。他に、子供は給付金が少ないし、シングルマザーもたいへんだから、それらの給付をすると、ベーシックインカムと同じ程度になる。

その後、既存の社会保障を統合して、支給額の算出方式を変えると、日本でも世界初のベーシックインカムの制度が実現する。

 ベーシックインカムの利点としては、人と年齢、収入だけで、支給額を決定できる。そのため、年金みたいに過去にいくら支払ったからといった複雑な計算をしなくてよくなる。また年金や社会保障も一本化できる。そのため、行政の無駄が省ける。

 私は福祉政策が高度になると、やがてはベーシックインカムが採用されるとみている。実際、日本は生活弱者への保護は年々、充実してきた。日本はその方向に向かっている。やがては、乞食や失業者の治安悪化という社会問題もなくなる。ベーシックインカムと同様の状態になるのは遠い日のことではない。そしたら、福祉給付の諸制度を一本化するとベーシックインカムにすんなりと変わる。あまり難しくない工程だ。

 財源は難しいのではないか?
 現在、日本この制度になってないが、極度に飢えている人はごく少数で、生活保護と年金でおそらく9割以上の国民は最低以上の暮らしができている。それで大きな不満が起きていない。つまり、現在の日本は、ほぼベーシックインカムで国民を養うのと同じことができている。

 9割がたできて、なんらかの形で、最低保障給付がなされている。現在の財源で9割以上、国民は貧乏人にも子供にも、なんらかお金が回っているということだ。つまり、現在の財源でも可能だ。金の回り具合をうまく変えたら、ベーシックインカムに近づくのである。経済の発展を犠牲にせずに。

 ほぼできているのになぜ、ベーシックインカムに急いで切り替える必要はあるのか? という問題はある。これによって、手続きに簡単になるし、誰でも、飢えることなく、失業しても安心して暮らせる社会がやってくる。だから、制度が大きく切り替わるから、抵抗が大きいとしても、これはやり遂げなくてはいけない。

 福祉は、ゆりかごから墓場まで面倒を見る。これは、赤ん坊から子供、老人、乞食、貧乏人、シングルマザー、被災者に、家と食べ物と衣服を、という政策である。必ず、日本でも実現させよう。そのために、行動しよう。

 こんなにすばらしい政策、ベーシックインカムが選挙で話題にされなくなったのはなぜか?

 日本では渡辺美喜がこの政策の推進者だった。が、彼は追われていた。『アベノミクスに足りない理念を俺は主張する。(保守は反対せずに補完するか、一部修正する)』 『共産主義にしなくても、ベーシックインカムがあれば、生活弱者も暮らしが保障されます。(共産票を奪う文句は必ず入れる、特に福祉政策では共産との差別化が重要)』、『ベーシックインカムでは誰でも十分な暮らしができます。格差なんか気にならない時代が来ます。』とか言えばよかった。急な選挙でごたごたでみなマニュフェスト作りが遅れてしまった。それで取り上げられなかった。先の選挙はベーシックインカムを国民に記憶させる好機だったが、残念だった。そんなところだろう。しかし、話題にされなかったからといって、ベーシックインカムの価値は、失せていない。


home

inserted by FC2 system