発達心理 developmental psychology

 

 発達心理論

 

発達心理5 知性・理性は2段階 2015-02-19 校正3/14


 発達心理5 知性・理性は2段階
昨日は、発達心理と似たような精神論は、宗教の10次元精神論しかない、と説明した。仏教の階梯は違うようだ。今日は、知性主義と理性の段階を詳しく論じる。調べなおすと、知性と理性の段階はそれぞれ前半と後半に分かれた。また、私はいくつか勘違いしていた。

タイプ    年齢(才) 課題 世紀 特徴
空間主義者 21-24  空間 21-24   空間、
↑全体理性者 20-21 電子 21    電子、インターネット的
↑複雑理性者 18-20  社会 20-21  社会、経営学、社会論
↑単純理性者 15-17  理性 17-19  理性、デカルト、カント、ヘーゲル
↑知性主義者 12-14  力 13-16  武家・中世、ルネサンス以後、
↑感覚主義者 9-11   感性 9-11   貴族
 感覚主義者 5-8   内感 5-8   王()

 知性主義者は、2タイプいる
 世の中、理性を獲得していない知的な人は、知性の段階にいる。理性を獲得すると、自己をデカルトのようにこう考える。自分とは、数学のような、イデアのような、実体のない、純粋な数式のような考えをもつ存在、と。全ては理性だ、と。こういう見地に至ってない知性志向者は、私のいう知性主義者だ。

 この段階は2つある。暗い哲学をもつタイプと、明るいやや合理的なタイプの2種類いる。

 

私はどう分類するか、迷っていた。だが、昨日、やっと区別した。

 

知性期は前半と後半に分かれる

 知性期は、武家の時代が始まる1200年頃から、デカルトが自己を発見する1600年頃までだ。ルネサンスは、イタリア芸術が高まった1400年代とする。ルネサンス以前と以後では、文化が大きく変わる。それ以前は、暗黒の中世、ストア哲学だ。ルネサンス以後は、明るい開放的な世界観だ。よって、思想区分としては、ルネサンスで区切ることが望ましい。

 日本文化も、鎌倉時代と足利時代に分かれる。鎌倉時代は、新仏教が唱えられ、明るいイメージは少ない。が、足利時代になると、金閣寺や銀閣寺などきらびやかな文化だった。武家の文化も2種類ある。

 以上から、思想区分は、この段階は2つに分けられる。ならば、人間の精神も2つある。実際に、知性タイプには暗いタイプと明るいタイプがいる。暗いタイプは、暗い絵を好み、発想も暗い。世間は混乱に満ちている、といわんばかりに。だが、明るいタイプは、明るい絵を見て、感性的で、よいものを好み、社交的だ。やはり、2タイプいる。

 知性の段階は、2つに区切れる。

 

 まとめよう
 知性タイプには前期と後期がある。前期型は、暗い、内向的で、暗い絵を好む。哲学的だ。後期型は、ルネサンス的で、明るく、外交的だ。その哲学の違いは、当時の思想から判別する。

 

  前期型は、ストア哲学や鎌倉仏教のような神学の一派のような哲学か、マイモニデス?のような哲学だろう。力論の内的な確立やかわった神学が特徴だ。

 後期型は、ルネサンス的だ。ダビンチが、機械の製作に力を入れたから、そういう機械論的な世界観をもつかもしれない。力論の外的な確立が発達課題だ。

 表
 知性タイプ
     年齢(才) 発達課題 印象  世紀 哲学
 前期 12-13  力・内面  暗い  13-14 ストア哲学、鎌倉仏教など神学的
 後期 14-14  力・外部  明るい 15-16 ルネサンス、人文学的、自然的

 

 

 理性主義者は2タイプ

 理性タイプは、全てを理性とする。この人達の特徴を列記する。自分は理性タイプと思いたい方は、ここでチェックしたらよい。

 

1,経験は重要ではない

 理性(法則)を理解していればよい。経験の有無は大事ではない。だが、経験主義はこの段階である。経験によって、体験の共通性を帰納することで、法則(理性)を獲得する。だから、経験は成長のためには必要である。

 

2,定義は不要

 基本的には、定義云々は言わない。一般的な意味を知っているからだ。それが通じる、という前提で話す。なお本人の言葉は一般的な用法を使う。特殊な言い方はしない。

 

3,誰の意見かは重要ではない

 それが真理かどうか。それを純粋に自ら判断できる。そのため、誰の意見かはあまり重要ではない。

 

4,主観と客観の区別はない

 この段階では、全て本人の意思は、法則(理性)であり、客観なのだ。本人の考えに特殊性がある時は、特殊とする。特殊というのは、様々な法則が絡んだ複雑なもの。簡単な真理は、法則とされる。主観(個人の意見、独善)という区別はない。

 

5,社会の判定はどうでもよい

 世間がどういうかは、問題ではない。それが真理・法則かどうかなので。真理・法則ならば、正しく。真理でなければ、偽りである。社会がそういうからそれが正しい、という考えはしない。

 

6,それを言った人が、大人か子供か、貧乏人か、権威者かも関係ない

 その言葉、考えが、真理かどうかが大事だ。それを言った人の立場や年齢は重要ではない。言葉が理性なのかどうかを直接判断する才能がある。

 

7,直感に従う

 このタイプは、直感のままに行動する。自分の計画よりも、直感のほうが優れた導きになると、経験的に自覚している。

 

 これらは理性者の基本だ。例外もある。自分でそれが真理か判定できないことは、稀にしかないが、そういう時は、その人の信頼性、社会の評判など総合的に判断する。

 

 理性者にも、内向型と外向型があるようだ。

 知性の段階では、前半が内向型、後半が外向的だった。よって、理性の段階も、同じように区分されるだろう。17世紀の思想を見ると、デカルトあたりは内向的だった。が、ヘーゲルになると、発展的で力強い。デカルトからカント前は、内向型。カント以後からヘーゲルまでを外向型とする。内向型では、自分自身の内部に理性を確立することが発達課題だ。外向型では、世界に理性を認識することが発達課題だ。これはまたいずれ記す。



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