発達心理 developmental psychology

 

 発達心理論

 

 発達心理3 精神の6タイプと発達心理 2015-2-17  校正3/14


 これからは、悟りたい人、精神を向上させたい人、仏教の修行を志す人は必見だ。仏教にとって大問題になるような命題がある。「修行しても、精神の根幹は向上しない。菩薩の精神になれない。」ということを説明する。

 

 私は、発達心理で、悟りの謎を解明した。なんと、人間の精神段階は、22才頃までに全て決まる。それ以後は、精神は高くならない。精神はよくなってもだ。それを今日は、証明する。

 

青少年期の発達心理


昨日、武家統治(12-15世紀)前の思想を明らかにした。貴族文化で、感性的だ。日本の歴史から人類の思想を判断するのは、悪くはない。人類はある時期に、世界共通して同じ思想傾向をもつからだ。

 これでおよそ未成年の発達心理の課題を明らかにした

西暦(世紀) 5-8 9-11 13-15 16-19 20-21 21-24
時代      王() 貴族  武家  理性  社会  思想  
年齢(才)  5-8 9-11 12-14 15-17 18-20? 21-24
課題     ? 感性   力   理性   社会  空間

 大雑把にざっと以上だ。各段階の検証は後々行なう。

 人は小学生(5-11)では、感性で考え、明るい。が、中学では暗くなるが、力を基準に判断する。高校生(15才)になると、内向的になるが、思想や哲学を志向して、理性で物事を考え、明るくなる。大学(18才)では、社会に関心をもち、社会運動に関わる。が、大学の後半では、空間的なものに興味をもちはじめ、都市や建物に関心をもつ。青年はおおまかにそんな心境をたどる。

 

精神の類型は6種類

 

 私は44年も人間を観察してきた。人間の性格は大きく5種類ある。本ではみかけるが、人間にはいない性格が一つある。それを加えて、精神は6種類ある。感覚的な人、知性的な人、簡単な理性を好む人、複雑な理性を好む人、理性が満ちている人、学問的な知見をもつ人。

感覚的な精神
 感覚主義的な精神。明るく、華美なものを好む。難しいことは言わない。感性重視である。人口比率は最も多い。

知的な精神
 知性を好み、難解な物言いが好き。学者に多い。主観と客観という区分を好む。また社会がよいとするものが最も正しいと考える。時々、わい曲した暗い人工物を好むタイプもいる。真理があるという哲学はもたない。リアリティ論をもつ。法則や理性を信じていない。この精神は基本的に科学と相容れない。人口比率は感覚的なタイプの次に多い。1-3割はいる。

単純な理性の精神
 理性をもつ。このタイプは全ては法則、理論と考える。それを学習して、成長することが本人の課題だ。合理主義を信念とする。受動的だ。自然からは独立した理性的な自己をもつ。統一的な見地をもつ。一万人に一人以下である。このタイプは素朴な理性論を信条にもつ。

複雑な理性の精神
 理性をもつが、複雑である。"欲望"という物言いを好む。自ら動くタイプである。社会的な構造を模索しているようでもある。自然と自分との関係を築くことが課題らしい。データが少なく詳細に判断しにくい。

全てが理性の精神
 理性が満ちる。ここの人は、あらゆる物事を理論的に解釈する。全ては理論である。あらゆる物質に、意思(電子ネットワーク)を感じ取る。このタイプは、電子ネットワークの世界観と似る。あらゆるデータ(理論や事実)を集積してゆくことで、発展してゆく。全てがネットワークでつながっている。

学問的な精神
 ここの人は、技術を好む。その知識は、階層的に整理される。水平的には区分される。あらゆるものが物体で、自立して、動いている。理性が総合的である。この精神になった人は、古今確認されていない。が、本にたまにみかける。

 多い順に並べた。この順に発展する

 感覚的 → 知性的 → 理性的 単純 → 理性的 複雑 → 理性的 全て → 理性 学問的

 およそ、知性的な人は、感覚的よりも優れている。理性的な人は、知的な人よりも優れている。それらの優劣を比較すると、こうなる。この順番は、発達心理と同じだ。

年齢(才)  5-8 9-11 12-14 15-17    18-20?        21-24
課題     ? 感性   力   理性      社会      空間
精神     感覚的   知性的 単純理性1 複雑理性2 全理性3 総合理性

 

 精神の類型は、発達心理の段階で示せる

 感性的な人と、9-11才(貴族的な時代)の子供は同じ傾向をもつ。知性的な人は、12-14才(武家の時代の哲学)と似る。中世的で、理性は知らない。理性的な人は、デカルト以後の精神と同じだ。理性で世の中全てが解明される、と思っている。ただ、社会期の精神は明確に対応しない。残りは、社会期と空間期の精神あたりと一致するのだろう。

 

 感覚・感性的な性格と9-11才の精神は同じ。知性的なタイプも武家政治の時代や中世と同じ精神だ。理性タイプはルネッサンス以後の精神を体現する。

 

 発達心理上の課題を解決しないと、精神はそこで止まる

 

 人間は発達心理に沿って、成長する。しかし、ある者は、9-11才の傾向・課題を一生持ち続ける。他の知的な者は、12-14才の世界観のまま止まっている。ある者は理性志向になったが、その次のテーマをもたない。

 

 つまり、人間は、ある年齢の発達課題を生涯持ち続ける。つまり、それ以上に、精神は成長しなくなる。人間の精神(本人の哲学)は、20才までにほとんど止まる。


 最も早い人は、9-11才で精神成長が止まり、感性的な性格となる。少し賢い人は、12-14才で止まり、知性志向となる。稀なる才能は、15-17才の課題までこなし、そこで精神の向上が止まり、理性を信じる。さらに百万に一人の才能は20才までに、深い理性を獲得するにいたるが、精神の成長はそこで止まる。

 精神の成長は、ある年齢で止まる。その発達心理の段階で、区別できる。それはほとんど20才までに決まる。

 

 このように、発達心理の課題を解決しようとして、ある段階で止まる。と、その止まった段階の精神テーマを一生持ち続ける、と思える。そして、早く9-11才で成長を止めた者は、感覚タイプになる。少し賢い者は12-14才まで自分の課題を解決して、知性タイプとなる。特別に賢い者は15-17才までの自分の課題をこなし、理性タイプになる。さらに選りすぐりの人物は、18才以後も明晰で、複雑な理性の哲学を獲得する。さらに、数百年に一人の才があると、さらに20才以後も成長して、すべては理性と思うようになる。

 

 精神成長が止まる理由

 発達心理上の課題をこなせないと、そこで挫折する。成長は止まる。それ以後は、本人は、自分の方向性(内的欲求)をよく自覚できなくなる。成長を続けるとは、その段階の精神課題を本人がこなした場合とみなす。

 

 発達心理上の課題を意識する。そして、答えを見出す。まるで哲学者のように。すると、それより先に進める。なお、一度、ある年齢で成長を止めると、二度とその成長の機会は来ない、と思える。生きている間には。

 

 というのは、青少年期に止まった本人の哲学そのものを晩年、大きく変えた者は、人間にはいないからだ。私は知らない。特別な訓練をしても、脳神経から育てないといけないはずなので、その技術がないと、再び成長するのは不可能と思える。

 このように、精神成長はほとんどの人は20才までに止まる。その段階の課題をその後、一生持ち続ける。本人の哲学は、そのようにして、形成される。これが真実である。

 

人間各人の哲学は、成長が止まった段階の精神

 よって、理論的には、全人類の各人の哲学の基本形は、発達心理によって導き出せる。大きく五段階ある。また各段階は、5-6ほどの小段階があるはず。すべての人の基本哲学は、それに分類できる。

 

 問題 -- 晩年にいくら修行しても、精神の基本型は変わらないのか? --


 私は人間の知性タイプが理性タイプに進化するのを見たことがない。知性タイプが、老人になっても、もはや現代では通用しない本人の哲学(中世的な経験主義)を振り回すのはみかけても。理論上、仏教で精神修行しても、上がれない。ここは、世界中の仏教徒にとって大問題である。また今度、詳細に論じよう。


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