小説 ストックホルム症候群


 ストックホルム症候群とは、軟禁された被害者が犯人と長時間接するうちに、犯人と親しくなり、共感することである。

とおるは盗聴者を翻弄した

 ここに一人の電波犯罪被害者がいた。四年間もずっと被害にあってきたとおるは、経験的に、苦しいと思うと、その考えを盗聴器でこっそり聞いている犯人達が、その電波を強く出すことに気づく。だから、いつもきつい電波には「楽だ。」と考えることにしていた。するとその電波はすぐに止まった。楽な電波には、「苦しい」と反対のことを言っていた。すると、その楽な電波はいつまでも続いた。こうやってとおるは犯人達の裏をかいて、犯人達をコントロールして、苦痛のない生活を送っていた。

が、そんな方法も犯人に見破られしだいに通じなくなった。すると今度とおるは新しい方法を思いついた。彼は電波の出所をつきとめることができた。だから、強い電波がきたら、考えた。「三丁目の××。君が電波を出すことはわかっている。すぐにやめなさい。」と、それを聞いてもその犯人はやめなかったが、とおるはするとこう考えた。「私の盗聴を聞いているみなみな方諸君。3丁目の××が強い電波を出している。調べてくれないか。でも盗聴しろとは言ってない。あとで、警察にちくってくれ。」と。とおるの家は何軒も盗聴していた。それを盗聴で聞いていた他の大勢の犯人達は、いつもとおるの考えばかり盗聴して退屈していたので、すぐにとおるの提案に興味をもった。が、とおるの言葉を無視して、3丁目の××を盗聴した。そして、3丁目の××の行動は付近の犯罪者の笑いものになった。××もあとで、そのことを知らされ、恐怖の表情を浮かべてこう思った。「あいつを刺激するのはやめよう。あいつの仕返しは怖すぎる。」2度ととおるに強い電波を出さなくなった。

またどこからか強い電波がとおるを襲った。とおるは頭痛に顔をしかめながらこう思った。「三丁目の学校裏××だな。みんな、しばいてくれないかな。何も電波を強く浴びせろとは言ってないよ。」と、一斉にとおるを盗聴していた他の連中は面白がって学校裏の××に頭痛電波を飛ばした。とおるの言葉を勝手に「電波を浴びせて痛めつけてやれ」と解釈して。すると、3丁目の学校裏の××はいきなり、頭痛が始まったので、それは電波のせいと、電波機器で調べた。すると、変な男共が頭痛電波を飛ばしてくる。とおるを狙うのをやめて、そいつらに電波を飛ばした。とおるはそうして楽になった。とおるはこう思った。「電波犯罪者どうし、電波戦をやればいいのさ。」

とおるは新参者が強い電波を出してくるたびに、出所をつきとめて、「三丁目の×△が強い電波を出してくる。調べて警察にちくってくれ。」と考えた。新参者は近所中の見世物にさらされた。そんなことを何度も続けたから、誰も怖くてとおるに強い電波を浴びせる者はいなくなった。

とおるをとりこもう

  犯人達は悩んでいた。というのはとおるにマインドコントロールプログラムをかけても一向に効果がなく、とおるは敵意を強めるばかりだったからだ。このままでは思想改造などおぼつかない。さらに、とおるを痛めつけるべく強く電波を浴びせると逆に自分が、近所中の噂になりできない。とおるには苦痛とご褒美の原始的なパブロフの犬方式のマインドコントロールは効果がない。EQを悪用したマインドコントロールも効果がなかった。ただとおるはぼんやりしただけで、考えを変えることはなかった。逆に操作者がその神経刺激の影響を受ける。そんな自ら電磁波被害を受けてしまうような自業自得な電波はやがて、犯罪者自身が使わなくなった。犯罪組織は、途方にくれた。しかし、誰かが思いついた。男を取りこむには常道である女の色気でいこう。それがとおるに思わぬ作用を及ぼした。

恐怖による感情操作から愛によるマインドコントロールへ

犯人のマインドコンロトールの専門家には別の計画があった。神経作用を強制的に電気的刺激で干渉しても、効果がない。それで人間の感情を低下させることはできるが、思想・信念そのものを変える力はない。そして経験的に、そんなものをかけると犯人達への敵意を増幅するだけで、思想のコントロールにはまったく意味をなさない。しかも操作者がその電波を浴びて、神経が侵されてしまう。そのリスクも無視できなかった。脳神経の強制操作、つまり感情作用の神経妨害という手段は、恐怖の感情によるマインドコントロールと呼ぶとしよう。その人間を恐怖によってコントロールするのはとうとう限界につきあたったのである。その反省から始まったのが、良好な感情によるコントロールである。マイナスの感情で人をコントロールする手段は失敗した。人工的なコンピュータープログラミングの感情コントロールも効果がなかった。それならば、反対の手法を模索しよう。生身の人間による感情や、信頼や愛情などプラスの感情で人をコントロールすることはできないか。愛という感情によるマインドコントロールの始まりである。

プラスの感情によるマインドコントロールとは

 人は人の期待に沿って行動を起こそうとする傾向がある。しかし、まったく信頼しない赤の他人の言葉を聞くことはない。母親や信頼する友人や大切な子ども、さらには恋人などの期待や思いに、応えようとする。サッカーでも、ホームチームでは観客の期待に応えると発奮することはよく知られている。逆に、アウェイで敵対意識の中では本人の最高の調子を出せないものである。暖かい応援があるほうが、人はその期待に応えようとする。冷たい視線をなげかけると人は萎縮してしまうものである。

 誰の期待にもっとも応えるか。それは恋人や女性の期待に応えるときである。うぶな男性は、好きな異性のために一生懸命に努力しようとする。異性の愛がもっとも、人をコントロールするには強い働きがあるからだ。

 この異性の愛によるマインドコントロールは、古来からいろんな形で使われている。女性スパイが目的とする男性の恋人になり、その男性を美しさや愛で、虜にして、自在に操る。どこかの国でも反抗的な者が従順になったら、すぐに女性と結婚させる。すると、男性は女性と家族のために働こうとして体制に反対しなくなる。宗教団体でもよく行われて、組織内で結婚させて、会員としての絆を強固にするときに使う。それが、新しいマインドコントロール技術だった。

愛には、新しい社会に同化させる力がある

例えば、転勤で新しい土地にきたとする。いつまでも馴染めないが、ある日、その土地の女性と恋に落ちる。すると、その女性とつきあい、愛し合ううちに、だんだんとその地域が好きになる。いつのまにかそこが自分の新しい居場所になってしまう。これはおかしな現象ではない。愛には、その人の期待する振る舞いを相手に求める力がある。そして、相手側も、その愛に応えようとするから、拒絶しない。本人たちはそのプロセスをすべて自覚しているわけではないが、相手の微妙な視線や表情、それらに反応していくうちに、だんだんと新しい地域の女性の期待に応えるように行動スタイルを変えてゆく。愛を受けてゆくうちに、新しい社会に溶け込め、適応してゆく。

この愛の性質を利用するのが、民族間の交流で、異民族の男性にふさわしい女性をつけることである。すると、すぐに男性と女性は親しくなり、男性はその社会にとけこんでゆく。

愛という感情は、新しい組織に自然と適合させる力があった。

暖かい感情による同化

ストックホルム症候群をご存知だろうか。左翼ゲリラが金持ちのお嬢さんを身代金目当てに誘拐した。ゲリラは金持ちのお嬢さんを大事な人質で、丁寧に扱った。そんな大事にされたことがなかったお嬢さんは犯人と長く過ごすうちに犯人に感化されて、解放されたあと、自ら左翼組織のメンバーに加わったという。暖かいもてなしと対応は、人の心にもっとも入りこみ、影響を与えるものである。

共感による親密性

同じ体験をした者は強い親しみをもつ。犯罪被害者は、一般の人には心を閉ざしているように見えるが、同じ犯罪被害者を見ると、とたんに自分の口から言葉がたくさん出て来て、心を開き、親しくなれる。他にも、狭い空間で強い体験をした者同士は強い絆をもつ。エレベーターが故障したとしよう。その中に三日間閉じ込められたら、そこで体験を共有すると、ふつうの人以上に親しくなれる。同じ立場の強い体験の共感ほど、親しさが増す。俳優は俳優同士である。が、同じ場所にいても、立場が違えば親しくはならない。監視者と被害者であれば、両者はまったく親しくはならないだろう。被害者は被害者同士にならなくてはならない。

信頼によるコントロール

 プラスの感情によるコントロールで一番大事なのは、信頼だった。恋愛でも二股をかけられていることに気づくと、千年の恋も一瞬にして冷める。もし裏切られたら2度とその人の言うことを聞かないだろう。信頼を築くにはたくさんの時間がかかるが、一度の裏切りで崩れてしまう。その意味で、電波犯罪では苦痛となる電波を一度浴びせたために、信頼が崩れ、マインドコントロールが失敗に帰することもあった。マインドコントロールで一番大事なのは、信頼の感情だった。

犯人達は従来のマインドコントロールがことごとく失敗していて、それら新しいプラスの感情操作による方法を模索するしかなかった。それはまだ試行錯誤だった。

ストマック作戦

 が、犯罪組織は手に負えなくなったとおるを、とりこむには、これしかないと考えた。すぐにとおるを実験で試すことにした。それは、ストックホルムマインドコントロール作戦、略して「SMC作戦」(ストマック作戦)と名づけられた。胃痛ではない。暖かいもてなしによって、対象にプラスの感情を感じさせて、人をマインドコントロールする計画である。

とおるの事情

  とおるは、 犯人が思い通りにならないとすぐに、電波を強く浴びせ、罰を与えてくるのにはうんざりしていた。その苦痛のせいで、1日中寝込むこともあったからだ。犯人は古いマインドコントロール方式を使っていることはわかっていた。それをどうにか変えなくてはならないと思った。そこで、とおるは、考えた。苦痛・賞罰など恐怖と単純な報酬によるマインドコントロール方式やEQの悪用方式を変えなくてはならない。そうだ。人にもっとも影響与えるのは愛だ。それによる手法に変えさせて、2度と苦痛を受けないようにしよう。犯人たちもマインドコントロールの限界につきあたっている。とおるらは、新しいマインドコントロールを求めているはずだ。今がチャンスだ。

ちょうどその頃、とおるは電波犯罪者の尾行に悩まされていた。買い物をすると、いつも見慣れたぼろ服の中年男が現れた。最初は怖かったが3年もすると慣れてきた。いてもいなくてもどうでもよくなった。ただし、黒い服で目が異様に見開いているあまりに不気味な体裁の男は警戒するが、いつも見る顔は気にしなくなった。とおるらはいつも現れるが何もしないからだった。ある時とおるは考えた。

「とおるらは私をマインドコントロールしたがっているはずだ。すると、私は女性に弱いことをアピールしておけば、美女で誘惑してくるかもしれない。嘘でもないし。いつもファッション性のかけらもない活動家をみるよりいいか。」

そしてこう自宅で思った。

 「美人の言うことなら、なんでも聞くのになあ。多少、理不尽なことでも、かわいいから気にしない。私は男には強いけど、美人には弱い。美人に誘惑されたらイチコロだろうな。」と。何日もそんなことを考え続けた。

すると、効果はてきめんに現れた。

 買い物に出かけるとみかけない美人の若い女性が現れた。とてもきれいだし、とおるのタイプだった。とおるは心の中でやったーと叫んだ。これからは私を取り巻く犯罪者は、みんな美人にしてしまおう。同じ取り巻きでもそっちならば、感化されてもいいかもしれない。とおるは「ストマック作戦」が始まったことを知る由もなかった。

 

自宅に帰ると早速、美人にあだ名をつけた。美人が東大阪っぽかったから、「東大ギャルず。」と。そして、「また会いたいなあ。今度はいつ会えるかな。」と思い続けた。

すると三日後、駅前に買い物に出かけると、なんと先日みかけた東大ギャルズに偶然はちあわせする。とおるは、ぼおっとその女をみつめて、心の中で、「いいなあ。」と思った。

自宅に帰るととおるは調子に乗ってきた。「電波を出す人でも、僕の専属は東大ギャルずがいいなあ。」すると、電波を出す人が、女性のように優しくなった。そうとおるは感じ、いい気持ちになった。

ストックホルム症候群の始まり

 とおるは犯人達を敵としかみていなかった。が、とおるを狙うのがお気に入りの若い美人に変わってからは、とおるは自分の警戒心がだんだんと弱くなることを止められなくなった。とおるは電波の出所もわかる上に、電波を出す人の性別も区別できる。もちろん誰が自分に電波機器を操作しているのか。それを自覚していた。毎日、東大ギャルズの電波を受けるうちに、とおるの心の中に少しずつ微妙な変化が現れた。

ある日、東大ギャルズはとおるが寝床に入ったら、必ず電波でとおるにだけ聞こえるように話しかけてきた。

 「私があなたにつくことになったの。名前はひ・み・つ。鈴音と呼んでね。これからよろしく。」それを少し高い甘く切ない声で、3度ほど話しかけてきた。とおるは半分ほど聞き取れた。声から明るい感じ女性だと見抜いたとおるは女の誘惑に負けたふりをしておいて、自分の担当にさせることにした。もちろん心を開かないと心に強い決意をもっていた。男共のむさくるしい語りかけよりは心地よかったから、わざわざ相手をすることに決めた。

 「誰なの?鈴音さん?僕にマインドコントロールをかけようとしてもそうはいかないよ。僕の信念は固いから。でも、これからは鈴音さんが僕の担当をしてよ。」

とおるは鈴音に返事をした。

「いいわ。これからあなたとずっと一緒よ。」いきなり誘惑モードだった。

だまし愛

 とおるは二日目、電波で口説くことを思いついた。どうせ思考盗聴を聞いている連中だから、何を考えても構わないだろうと。気楽だった。

とおるは寝床に入って考えた。

 「鈴音さんいる?鈴音さんは心がきれいな人だと思うよ。」

 待ち構えていたような鈴音の明るい声がとおるの耳だけに聞こえた。

 「いるわ。何?あなたが寝床につくのをずっと待っていたのよ。私はさびしかったわ。」犯人達は1枚上手だった。

 「鈴音さんはどこから来たの?」

 犯人は自分の所在がばれたらたいへんだから、返事に困った。

鈴音「・・・豊中よ。」

とおるはその言葉を信用しなかった。

「豊中か。ここから遠いね。僕のためにわざわざきてくれたの?」

鈴音「あなたの小説を読んで、ファンになったの。それでこんな形で悪いと思うのだけど、あなたの側にいたいの。」用意されていた言葉で答える。

とおる「いいよ。電波で会話するのも不思議だよね。そう思わない?」

鈴音「私はあなたにはとても悪いと思っているわ。本当は謝りたいわ。でも、私もこうしろと言われたの。仕方なくしているのよ。あなたが私と話してくれないと、私はやつらにひどいめにあうわ。私を助けてほしいの。」

被害者として同じ立場だと共感しうると、鈴音は被害者として振舞ってきた。あまりにしらじらしくて、とおるはあいた口がふさがらないが、「鈴音さんも被害者なの?」

鈴音「そうよ。脅迫されたの。私につきあってくれない?あなたと毎日夜にしゃべらないと、私は・・・」と嗚咽の声。「あなたに守ってほしいの。」

とおるは、犯人たちに悟られないように、「涙に、私を守ってと嘆願。男を口説く文句をただ並べればいいもんじゃねーよ。」と言葉に出さずに思うが、彼女たちがそうくるならこちらもと、「泣かないで。僕がいれば、大丈夫だから。」と考える。

鈴音「ありがとう。あなたは優しいのね。」

とおる「やつらって誰?」と考えた。

鈴音「言えないわ。助けて。私はあなたが話してくれたら、いつまでも何もされないわ。だからお願い。ずっと私と話をして。」

とおる「いいよ。やつらの語りかけより鈴音さんのほうが、ステキそうだから。」

鈴音「ありがとう。約束よ。」

とおるは、「じゃあ、もう夜遅いからお休み。」

鈴音「おやすみ。また明日も私に話しかけてね。私を守ってね。」

親しくなれ

翌日、とおるは買い物に出かけるが、鈴音さんらしき人がいるか探すがみつからない。今日は仕事で忙しかったとおるは疲れて寝床についた。

鈴音「あ・な・た。鈴音よ。」

とおる「何?」とおるは思い出した。寝床に入れば、鈴音が話しかけてくるのだった。

鈴音「あなたってどんな人なの?」

とおる「鈴音さんは、駅前の店屋で、みかけた髪の長い肌が白くきれいな人でない?そんな感じがするのだけど。」

鈴音「いえ、違うわ。私はあなたにまだ会ったことがないの。」

鈴音は身元を隠したがるなと思うがとおるは考える「それおかしくない?鈴音さんは、4軒隣から電波で話しかけてくるのだろう?」

鈴音は落ち着き払って「違うわ。私は豊中にいるのよ。」

嘘ばっかりと思いつつもとおる「そうだったんだ。」

鈴音「でも、私も誰かに監視されているのよ。怖いわ。あなたと話をしないと何をされるかわからない。ずっと私の相手してくれる。すると不安をまぎらわせられるから。」

とおる「いいよ。」

鈴音「あなたっていい人ね。」

とおるは「いい人」というあたりさわりのない言い方にショックを受けるが、

「鈴音さんは恋人はいるの?」

鈴音「いないわ。恋人募集中よ。」

とおる「よかった。僕も今はつきあってくれる人がいない。変な会話だけど友達になろうか?」

鈴音「私はあなたの小説のファンだからうれしいわ。」

とおる「こんな状況ですまないね。何もできなくて。」

鈴音「私こそ。あなたに話しかけることしか許されていないの。」

とおるは主導権を握りたかった。が、

鈴音「あなたの小説は全部読んだわ。とっても繊細な心理描写がステキだったわ。尊敬していたの。そんなあなたに、直に話せて私は幸せだわ。」

とおる「そんなによかった?」

鈴音「一度会って話しがしたかったの。願いがかなってうれしいわ。」

とおる「まだ会ってないけどね。鈴音さんは僕が電波を浴びせられていることは知っているの?」

鈴音「知らないわ。」

とぼけすぎと思いつつもとおる「実は、僕は盗聴されていて、君も僕の考えを盗聴器で聞いている。」

鈴音「そんなことないわ。私は電話で話しをしているのよ。」

とおるはあきれてものが言えなくなりそうになりながらも「この電波と言ったよ?」

鈴音「いえ、電波ではなくて、電話と言ったのよ。」

がっかりしたとおる「電話だったわけ。実は、僕は誰かから電波を受けて、頭痛でつらい日々を送っている。盗聴とばかり思っていた。」

鈴音「それ小説に書いてあった電波兵器のことでしょう。想像の産物で、そんなものありえないわ。」強く否定しようとする。

とおる「僕を信じてくれる?僕は電話なんか使ってないよ。ただ考えてるだけだよ。」

鈴音、とおるを口説くためには「信じるわ」というしかない。

とおる「僕は嘘をつかない。僕の小説は自分の体験を元にして書いたんだ。」

鈴音「そうだったの。すごい不思議な小説よね。」しふしぶ認めたふりをする。

とおる「僕は7年間も電波を浴びせられた。本当の話。」

鈴音「それが本当なら、あなたは電波を浴びせられてつらく悲しいでしょうね。かわいそうだわ。そんな中、よく頑張っていると思うわ。立派よ。」

鈴音はまだ誰からも認められたことがない被害者がその訴えを認められることが一番心うれしいことだとよく弁えていた。

とおるはよく研究しているなと感心しつつもじーんときて、涙が出そうになった。

鈴音「泣いているの?いいわ。思いっきり泣きなさい。私がついていてあげる。」

 ここは甘えるポイントだと思い、とおるは精一杯、むせび泣こうとした。

 とおる「ありがとう。もう大丈夫。」

 鈴音「いいのよ。落ち着いた?」

 とおる「はい。今日はありがとう。もう遅いからおやすみ。」

 鈴音「負けたら駄目よ。応援しているね。つらいことがあったら、いつでも相談してね。おやすみ。」



 03-4-11  校正 2015/4/20

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